教えることの意義
早くに出会い、着実に伸びていった生徒さん
昨日、当店のハンドルミシン教室が始まった初期に講習を受講してくださった生徒さんが来られました。初回から何度も講習を繰り返し、徐々に技術の練度が上がってきているなと感じていた生徒さんです。僕の中では、早く上達しそうだなと感じていた方でした。
その後、生徒さんはハンドルミシンを購入し、自宅での製作をスタートされました。以降も、細かなテクニックの相談や、デザインを刺繍に仕上げていくステップなど、実践的なアドバイスをたくさんさせていただきました。
「ハンドルミシンをする人を増やしたい」という原点
僕は、自分で習得した知識や技術については惜しみなく伝えていこうとしています。その理由は、ハンドルミシン教室を始めるきっかけにもなった「ハンドルミシンをする人を増やしたい」という思いです。
手仕事職人の闇に触れた時期
同時に刺繍業界や縫製業界の閉鎖的なある種の村意識が技術継承の阻害の一因ではないかと感じていたためです。
敷居を意図的に上げることが業界を守る手段として必要だと理解しつつも、独自の技術やなり手になるまでのステップさえも意図的に隠してしまうと、さらにそれが何十年も続いてしまうと業界自体がブラックボックス化してしまい、妙な権威化、その先には高齢化、継承不足が待っていると思ったのです。もちろん賛否両論あると思います。僕は僕なりにポリシーを持ち、ハンドルミシン刺繍を広げていこうと決めました。
教室を始めるまでの道のり
当時、インターネット上には刺繍の動画がInstagramやYouTubeに数多くあるものの、物理的な本や資料はほとんど皆無でした。僕はまずその状況を変えていくことを念頭に、自分のウェブサイトを作り、コラム形式でハンドルミシン全体の情報を発信することにしました。「ハンドルミシンで刺繍はできるけれど、どうやるのか」「ミシンは買えるのか」「いくらするのか」「買っても刺繍できるようになるのか」——そうしたたくさんの疑問があると感じたためです。
可能な限り一次情報を確認し、海外の有志たちと連絡を取っていくうちに、もっとこの情報をまとめて発信していけば、ハンドルミシン刺繍をやりたい人がきっと増えるはずだと思いました。ただ現実的には、体系的な知識は得られるものの、習得にはやはりマンツーマンで習うステップが必須だと感じました。そこで2025年1月1日より、教室をスタートしました。
教える中で見えてきた、新しいゴール
現在、生徒さんは累計55名になりました。最年少は7歳、最年長は78歳。沖縄から福島まで出張し、たくさんの場所でレクチャーをさせてもらいました。残念ながら一度の体験講習で終えてしまった方もおられますし、今回の生徒さんのようにハンドルミシンを購入して製作を続けておられる方もたくさんいます。
当初から、「教えることは自らも学ぶこと」を念頭に置いてきました。教えていくうちに、ハンドルミシンの習得自体はそこまで難しいものではないと感じるようになりました。特別な技術が必要なのではなく、きちんとした知識と習うステップさえ揃っていれば、老若男女、さらには人種をも超えて誰もが楽しめる刺繍だと実感したのです。
教室を始めて半年が過ぎた頃には、初心者の方にどう教えると上手くいくのか、ある種のパターン——雛形ができたと確信しました。最短でハンドルミシンに慣れるステップ、中級者がさらにレベルアップできるステップも確立できたと思います。そして次第に、「この教室のゴールはどこだろう」と考えるようになりました。始めた当初は「ハンドルミシン刺繍に携わる人を増やす」ことでしたが、果たしてそれだけなのだろうか、と感じるようになったのです。
作品が売れたと伝えてに来てくれて教えて良かったと思えた
そこから僕の考えは、自分自身の歩みと重ねて、「生徒さんがハンドルミシンで製作した作品を販売できるところまでレクチャーしていく」という方向へ変わっていきました。
今回、そのある種のゴールに辿り着いたのが、冒頭の生徒さんです。すでに作品を製作・販売しており、実際に売れているようです。「昨日6枚売れました!」と聞いたとき、「ああ、教えて良かったなぁ、教室を始めて良かったなぁ」と、反射的に思えました。弟子が育つ感覚はこんな感じなのでしょうか(笑)
同時に、ここまでのゴールは決して簡単ではないとも感じています。ハンドルミシンに対する探究心、そして気合と根性が必須です。ハンドルミシンは誰もが習得できますが、販売して売れるまでのステップは、また別のベクトルだと思います。それでも今回の生徒さんの事例を体感して、ハンドルミシンの製作はできるけれど、どうやって販売したら良いのかわからない——そんな、いわゆるマーケティングの側面も同時に教えていければと思うようになりました。
今回の生徒さんのInstagramを以下にご紹介します。ぜひご覧になってくださいね。
この記事を書いた人
渡邉 太地(Taichi Watanabe)



